「今回のターゲットは20代です」
なるほど。20代。
「もう少し具体的には?」
「おしゃれな人です」
20代のおしゃれな人。人口、多っ。
ここまで聞いても、まだ店の前に誰も立っていません。
同じ20代でも、仕事帰りに着る人、休日にゆったり着る人、ライブへ行く人、子どもと公園へ行く人、友人へのプレゼントを探す人がいます。年齢が同じでも、選ぶ色、サイズ感、デザインの強さ、購入理由は異なります。
誰に売るかを決めるというと、架空の人物へ名前、職業、年収、趣味を細かく設定する作業を想像するかもしれません。そこまで作り込む必要はありません。ただし、デザインの判断へ使える程度には、買う人と使う場面を具体的にします。
誰が、どこで、何と合わせ、どの価格で、どんな気持ちで買うのか。
描き始める前に、少しだけ店の前へ人を立たせます。
01
「若い人向け」では、まだ誰も見えていない
年齢は分かりやすい分類ですが、デザインの判断基準としては少し粗すぎます。
「20代向け」と決めても、文字を大きくするのか、小さくするのか、色を派手にするのか、抑えるのか、英語を使うのか、日本語を使うのかは決まりません。「若い人は派手なものが好き」という前提も、実際の購買行動を説明するには大きすぎます。
年齢は条件の一つです。
より役に立つのは、
- どこで着るのか
- 何と合わせるのか
- どのくらい目立ちたいのか
- いくらなら買うのか
- 自分用か、贈り物か
- 一枚で着るのか、上着の中へ着るのか
- 長く着たいのか、その日のイベントを楽しみたいのか
といった行動と状況です。
デザインは、年齢そのものへ売るのではありません。その人の生活の中へ入ります。生活のどこへ入り、どのように使われるのかが見えれば、色、文字、プリント位置、素材、商品写真の判断が具体的になります。
02
年齢より、着る場面を考える
同じ人でも、場面が変われば服の選び方は変わります。
仕事では控えめなものを着る人が、休日には大きなグラフィックを選ぶことがあります。ライブ会場なら、普段より強い色や大きな文字を選ぶかもしれません。反対に、イベントTシャツでも、その日だけで終わらず日常で着られるデザインを求める人もいます。
「この人は何が好きか」だけでなく、「この商品をいつ使うか」を考えます。
休日の街歩き、部屋着、旅行、フェスやライブ、職場のカジュアルデー、スポーツ、店舗スタッフ、記念品、お土産。場面が見えると、デザインの役割が変わります。
スタッフTシャツなら、遠くから役割や所属が分かることが優先されます。旅行のお土産なら、場所の名前が一目で分かり、写真に残したとき楽しいことが価値になります。普段着なら、手持ちの服と合わせやすく、何度も着られることが選ばれる理由になるかもしれません。
「おしゃれな人向け」で止めると、どの場面にも届かない曖昧なデザインになりやすくなります。着る場面を決めることで、主張の強さ、色、サイズ感、情報量を絞れるようになります。

03
自分用か、ギフトか
買う人と、使う人が同じとは限りません。
ギフト商品では、購入者が「相手へ渡しやすい」と感じることが重要です。強すぎる言葉、好みが分かれる色、大きな主張は、自分用なら魅力でも、贈り物では選びにくくなることがあります。サイズ選びが難しい商品なら、ゆったりしたシルエット、分かりやすいサイズ表、交換しやすい仕組みも購入判断に関係します。
一方、自分用の商品では、「これは自分のためのものだ」と思える強さが効きます。
少し癖がある。言葉が刺さる。色が好み。自分の趣味を分かっている。こうした限定的な魅力が、購入理由になることがあります。
ギフト向けに無難にしすぎると、自分用としては弱くなります。自分用として尖らせすぎると、贈り物としては選びにくくなります。
「同じTシャツなんだから、同じでいいですよね」
買う人の頭の中では、別の商品です。
誰が購入し、誰が着るのかを分けて考えるだけで、デザインの強さ、商品説明、サイズ展開、包装、写真の選び方まで変わります。購入者の顔だけを見ていると、実際に着る人が途中で消えてしまいます。
04
主張したい人か、さりげなく着たい人か
Tシャツは、着る人の代わりに言葉や絵を外へ見せます。
大きな文字を胸いっぱいに入れれば、遠くからでも分かる強い主張になります。左胸へ小さく置けば、近くで気づく程度の表現になります。同じ図柄でも、プリント位置、サイズ、色のコントラストによって、商品としての性格は大きく変わります。
- 大判プリント
- 小さなワンポイント
- 同系色プリント
- 背面だけ
- 袖だけ
- 裾や内側へ隠す
どれが良いかではありません。買う人が、どのくらい外へ見せたいかです。
派手なグラフィックが好きでも、毎日派手な服を着たいとは限りません。デザインは好きだが、仕事帰りにも着られる程度に抑えたい人もいます。反対に、ライブやイベントでは、普段より強い表現を選びたい人もいます。
作り手は、つい見せたいものを大きくします。せっかく描いたのだから、よく見てほしい。その気持ちは自然です。
ただし、買う人は作品を額へ入れるのではなく、自分の身体へ着ます。
「どのくらい見せたいか」は、作り手の都合ではなく、着る人の場面と気持ちから決めます。
05
価格帯で期待される見え方は変わる
価格帯が変わると、購入者が期待する素材、加工、縫製、写真、包装、説明の丁寧さも変わります。安価な商品では、一目で分かることや、気軽に買える楽しさが重要になる場合があります。価格が上がれば、素材、加工、限定性、背景の物語まで含めて、なぜその価格なのかを納得できる理由が必要になります。
同じデザインでも、1,500円の商品と8,000円の商品では見られ方が違います。
高価格だから細いフォントを使う、という単純な話ではありません。
- どの素材へ費用を使っているのか
- 加工に特徴があるのか
- 長く着られるのか
- 数が限られているのか
- ブランドの世界観へ価値があるのか
- 写真や包装まで体験が整っているか
価格とデザインが、お互いの説明になっているかを見ます。
安価な商品へ複雑な加工を詰め込めば、利益が残りません。高価格の商品なのに、素材、写真、説明が一般的な商品と変わらなければ、価格の理由が伝わりません。
誰に売るかを考えるときは、その人がいくら払えるかだけでなく、その価格へ何を期待するかまで見ます。
06
誰に売るかで、捨てる案も決まる
顧客像を決める大きな利点は、案を捨てやすくなることです。
どの案も、それなりに良い。色も悪くなく、文字も面白い。自分としては気に入っている。しかし、今回の顧客には合わない。
その判断ができます。
誰に売るかが決まっていないと、判断基準は「自分が好きか」「クライアントが好きか」に寄りやすくなります。顧客と使用場面が具体的なら、主張が強すぎる、普段着へ合わせにくい、ギフトへ使いにくい、価格帯に対して加工が重すぎる、と理由を持って選べます。
「この案、好きなんだけどな」
はい。今回は退場です。
良い案を捨てることはあります。しかし、良い案を捨てるのと、判断できずに全部残すのは違います。残した案が、今回の商品と顧客のために選ばれていることが重要です。
捨てた案は、別の商品や別の客層で生きるかもしれません。顧客を決めることは、案の価値を否定することではなく、今回使う場所を選ぶことです。
07
描き始める前に、着る人を一人想像する
顧客像は、長い企画書でなくても構いません。
たとえば、
休日にデニムと合わせて着る。大きな主張は苦手だが、無地では物足りない。価格は気軽に二枚買える範囲で、自分用として選ぶ。
これだけでも、文字の大きさ、色数、プリント位置、価格、商品写真の判断へ使えます。
別の商品なら、
旅行先で家族へのお土産として買う。場所が分かり、サイズ選びに迷いにくく、写真に残したとき楽しい。
デザインの方向は大きく変わります。
誰に売るかを決めることは、買わない人を否定することではありません。今回、最も喜んでくれそうな人を先に考えることです。
その人が見えれば、色を選べます。文字の大きさを決められます。価格を考えられます。売り場、商品名、写真、説明の方向も定まります。
「20代のおしゃれな人」から、もう一歩だけ先へ進みます。
描き始める前に、一人だけ店の前へ立たせてください。その人が何を着て、どこへ行き、なぜ手に取るのか。
デザインは、そこから始まります。